なぜ日本企業は真のグローバル化ができないのか―日本版GOM構築の教科書

なぜ日本企業は真のグローバル化ができないのか―日本版GOM構築の教科書
田口 芳昭 (著)

 

日本企業のグローバルマネジメントの非効率性の指摘と、現状況から脱却するにはどうすれば良いのか論じた一冊。グループ企業再編のプロジェクトにアサインされた際、マネージャに本書を薦められた。

こういった「なぜ〇〇は××できないのか」というタイトルはどうにも胡散臭さを感じ敬遠していたのだが、目を通してみると、グローバル化を進めている日本企業の問題点として挙げられている点が、現在のクライアントの状況に見事にあてはまり、思わずのめり込んでしまった。グローバル運営が駐在員などの人依存で仕組み化されていないのにも関わらず、本社部門は「現状困っていない」と認識しているなどというのは正に、といったところ。日本企業の業務が欧米グローバル企業に比べ効率化されていないということはよく言われているが、それを本書ではROAベースで明示しているため、数値として実感しやすい。グローバルマネジメント構築の好事例として挙げられている日本企業も、M&Aに端を発した企業だけでなく、自社で長期かけて仕組構築を行った日立製作所についても詳細に分析されていて非常に参考になった。

 

<まとめ>

 日本企業のグローバルマネジメントの問題点:

・拠点・機能毎に駐在員を必要とすることにもなってしまいリソース活用が非効率・人材も枯渇

・拠点駐在員により運営・仕組み構築するため業務体系が統一されていない

・事業・地域毎の拠点運営となるため、駐在員は事業部偏重で本社統制が効かず、事業最適・地域最適に陥る

・事業・地域毎に拠点展開するため、各拠点の機能が重複し、効率化されていない

結果として、業務・ITが統一されていないため、横串で数値比較することもできず、全体最適化もされていない。一方で本社としては確認したいことがあれば駐在員に問い合わせをすればよいため、この点が問題だと認識していない。

 

ROA比較

日本企業は海外企業と比較しROAで大きく劣り、グローバル化のメリットを享受できていない(売上高が増えても利益が増加していない)。日本企業のROAのボリュームゾーンは海外売上高比率にかかわらず5%未満であるのに対し、米国企業のROAボリュームゾーンは5-10%となっており、海外売上高比率が上昇するとROAも改善する傾向にある。

なおROEを使用した場合、外部借入を増加させれば相対的に改善してしまうため、自己資本比率にかかわらず比較が可能なROAを本書では採用している)

 

グローバル人材マネジメント

海外人材と価値観を共有しビジネスを推進するためにはMVV(Mission, Vision, Value)を明確にすることが必要だが、これまで日本人同士で暗黙知のなかで共有されてきたため、曖昧なものに留まっている。日本企業にとっては言語の壁は厚く、価値観を共有することはあきらめがちだが、欧米グローバル企業にとっては人種・宗教・言語や文化が異なることは前提であるため、MVVを明確に定義し、採用・評価に反映し、チームメイキングに活用する。本書では「ダイバーシティはお題目ではなく経営戦略である」という強烈な表現がされている。

 

意思決定機関の構成人材

日本企業は特定事業軸のなかでキャリアを積みあげトップマネジメントとなることが多く、結果として事業軸が機能軸に対して優先される。海外売上比率が高まり、複数の事業・地域に展開し、意思決定の複雑さが増すと個別の事業ではなく全社最適を議論・意思決定できる構成が必要となる。つまり、意思決定層と個別事業・地域・機能の執行レベルを分ける必要性が生じる。

 

ITシステム

ROAを改善するためには財務数値がグローバルレベルで事業・地域・機能のそれぞれで見えている必要があるが、事業・地域最適で構築された業務・ITは横串で比較することが出来ない。長い目で見ればIT基盤を統合し、アプリケーションを標準化することでコストが最適化されるが、初期投資が多額となってしまうため、個別最適で各案件毎に意思決定がなされ、結果として維持費は積みあがっていく。駐在員を介さなければ比較可能な業績指標は確認できず、その情報も流れる先は事業部であり、本社からは見えないため、本社は各拠点に対しガバナンスを効かせることができない。結果としてスタッフからも「本社は何もわかっていない」と言われる状況が構築される。

 

ネスレの事例

ネスレはGLOVEプロジェクトとしてグローバルITの標準化プロジェクトを7年、数千億円をかけて実施した。結果としてITの運用コストを1000億円削減し、グローバルに統一された事業基盤のもとで事業を推進し、利益率を大きく改善させた。

 

組織・ガバナンスの壁

日本本社の機能軸は拠点の情報から離れてしまい、事業からの情報に依存せざるを得ず、自律的なマネジメントができず、事業・地域軸を統制することができない状況にある。

 

業務・ITの壁

日本企業の強みのひとつは現場力であり、現場は自律的に業務や製品・サービスの質を改善し続ける。これが品質という武器となる一方で、業務プロセスの標準化、IT化を考えると大きな問題となる。

 

人材・ビジョンの壁

海外売上比率が高まり、国内は少子高齢化が進み駐在員として派遣できる人材も枯渇している。海外拠点のトップを現地人材として据えている企業もあるが、そういった企業も優秀な現地人材が自社に定着していないといった課題を抱えていることが多い。これらの課題に対しては、社内でも人材育成に注力すべく、層を厚くする仕組みを構築し、自社の価値観を共有する必要がある。

また事業・地域・顧客・機能軸といった各軸を考慮する必要がある複雑なマネジメントを行うことが出来る経営層の編成が必要となる。

 

海外グローバル事業の経営効率化の仕組み

グローバルに企業を運営するための仕組み、GOM(Global Operating Model)を構築することで、効率性・規模メリット追求・経営リソース共通化・高速PDCA→迅速な事業ポートフォリオ最適化が可能となる。

 

日本企業の経営モデル

日本企業共通の経営モデルは「事業軸経営」と「小さな本社」であり、これは単一市場で国内市場が成長せずコストを圧縮するためには最適ではあるが、グローバル企業を運営するためGOMを構築するならば本社機能を強化する必要がある。

 

ドイツ企業の事例

シーメンス、BASF,GEについて、GOMの仕組み、構築プロセス、ボード構成等を解説している。

Job Descriptionが明確でマネジメントを外部調達することが多い米国企業ではなく、日本と同様にマネジメントを社内育成する傾向が強いドイツ企業を参考事例としている。

 

GOM構築が生み出すトレードオフ問題

業務の標準化は日本企業の強みである現場力とそこから生み出される品質とトレードオフとなってしまうように日本企業の強みとなるコンテテクストはグローバル競争力の足かせとあってしまう関係にある。こういった課題を解決するには何を犠牲にするのかスコープを絞って検討する必要がある。自社の競争力の源泉を見極め、効率性や規模メリットよりも優先する領域を明確にする。

 

日本企業の事例

 日本企業の事例として、LIXIL,日本板硝子、JTの3社を紹介している。いずれも大規模なM&Aを発端としてGOM構築を行っている。また自社固有のGOMを海外展開した例として京セラが挙げられている。

 

強い日本型グローバル本社の作り方

・事業・地域軸の壁を崩す

・情報をグループ内で公共財化する

・機能軸による統制力を強化する

・固有の競争力の源泉を担保する仕組みを構築する

・GOMを構築し、動かす人材層の厚みを確保する

・グローバルに伝えられる価値観、行動指針を再構築する

・事業×地域×機能の最適解を議論するマネジメントチームを構築する

・長期にわたるGOM構築シナリオを保持する

業務・ITを標準化しようとすると期間が長期にわたり、コストも膨大なものとなる。これを乗り越えるためには段階を踏んだプロセスを経る必要があり、限定的なKPIによるモニタリング・レポーティングから機能分野ごとに徐々に幅を広げ、それと同時にIT基盤、データ構造、KPIモニタリングの自動化、業務アプリの統合と進めていく。

 

日立製作所の事例

前述の日本企業の事例はM&Aを発端としたもの、あるいは自社固有のGOMを海外に展開したものであったが、M&Aといったきっかけもなく、自社固有の強烈なMVVもない企業はどうすれば良いかという示唆として日立製作所の事例を紹介している。

 

GOM構築の変革大工程

一気呵成にすべてを見直すことは従業員の反発を生み、長期間成果が見えない状態が続いてしまうなど、実現困難であるため、GOM構築は段階を踏んで行う必要がある。まずコスト改革や人材育成をお題目とし、目に見えるメリットを提示することで事業軸も巻き込むことで形骸化を防ぐ。次に仕組構築としてITや業務等を標準化し、経営のための基盤を構築する。三つ目のステップはガバナンス体制の構築であり、つまりはグループCxO導入とボード強化である。それらが達成されて事業ポートフォリオの最適化が適時に実現可能となる。